精神分析的心理療法について

 今回はカウンセリングではなく、私がオフィスで提供している精神分析心理療法について書きたいと思います。
 このアプローチはカウンセリングとは異なります。

 精神分析的心理療法は非常に独特なものです。2人の人間(クライアントとカウンセラー)が出会い、ある程度の期間会い続け、接触を持ち続け、関わり合う中で、クライアントの変化を求めていくものになります。
 もう少し具体的に述べてみます。

 精神分析的心理療法では、クライアントとカウンセラーが一定の枠組みの中で会い続け、その中でクライアントにはその方のご相談内容に関連して自由に連想することが求められます。そして、カウンセラーによる言語的な介入(解釈)を通じて、クライアントは自分自身の意識してこなかった自己部分を知り、自分の生きづらさ・症状の意味などについて理解していきます。こうしたプロセスをある程度長い時間をかけて行っていく中で、クライアントの慢性的な生きづらさや、人生を通しての問題、性格的な苦しみ、対人関係における悩みなどの改善・緩和を目指していきます。
 平井(2017)は精神分析的心理療法について「内省活動を学ぶ関係」であると指摘し、それゆえに「ある考え」を受け身的に学ぶことよりも時間がかかると指摘しています。
 「分析」「知る」「学ぶ」「内省」といった言葉を使用しているので、非常に「知的」なもののように見えてしまいますが、実際はとても「情緒的」な体験です。そして体験的なプロセスを重視しています。
 また、面接を開始してからどのような展開を辿るかは当然ながら個別に異なります。直線的にステップ1、ステップ2と進むわけではないため、開始後の展開を説明することは不可能だと言わざるを得ません。この点が心理療法の説明を難しくしているわけですが、治療プロセスが個人個人で異なることはご理解いただけるかと思われます。



「一定の枠組み」について
 精神分析的心理療法は、同じ曜日の同じ時間から週1回(または2回、3回)と、設定を決めて行います。現実的な外的条件(場所、時間、頻度)を一定にすることで、より無意識的な心の状態を見やすくします。
 ※椅子やソファではなく、寝椅子に横になっていただき、カウンセラーはクライアントから見えない位置に座る、という設定を用いる場合(精神分析の基本的な形)もあります

「自由に連想すること」について
 一定の枠組みの中でクライアントに求められることは、自由連想です。これは面接の場に来て、席に座ったら、クライアントは思いつくことを出来るだけそのまま語っていただきます。自由に語るということは実際には難しく、ここでの体験や反応はかなりの個人差があると思われます。
 その連想を聴きながらカウンセラーは言語的な介入を行います。カウンセリングと大きく異なるところは、それは対話や具体的な相談ではないという点です。クライアントはそこで思いつくことを自由に連想していき、その場にいるカウンセラーは時折何らかの理解や考えなどを提供します。

「情緒的な体験である」
 椅子に座り50分間思い浮かぶことを自由に話し、カウンセラーは必ずしも対話的に接する訳ではありません。この状態がいかに日常的な対話や相談と異なるかは想像していただければお分かりになるかと思います。当然クライアントは様々な情緒体験をします。同時にカウンセラー側も同様です。こうした環境で、社会的でも公的でもない自分自身の思いや考えに触れることを目指します。



 ただ、このアプローチは時間とお金がある程度かかるものです。そして、プロセスの中では辛さや不安を伴う瞬間がありますし、自分のことを知ることに対する痛みを実感することもあるでしょう。しかし、慢性的な心の問題に苦しむ方にとっては非常に実感を伴った有意義な時間になると考えられます。

 精神分析的心理療法は、慢性的な苦しみや生きづらさ、とらわれなど長く苦しまれている問題をお持ちの方や、性格・人格・対人関係の問題を繰り返されている方、対人援助職や芸術関係の仕事をされている方のお役に立てると思います。

 ご関心のある方は一度ご相談いただければと思います。疑問点等について話し合った上でご検討いただければ幸いです。




平井正三(2017):週1回精神分析的サイコセラピー ―その特徴と限界―.北山修・高野晶(編)(2017) 週1回サイコセラピー序説 ―精神分析からの贈り物― 創元社,大阪.

2020年09月28日