カウンセリングの中で生じる「安心」の効果と弊害

 カウンセリングには “安心する”という情緒体験がクライアント様に生じることがあります。今日はこの“安心”ということについて書いてみたいと思います。特に強調したいのは、“安心がもたらす効果”と“安心がもたらす弊害”についてです。

―安心がもたらす効果―
 辞書的に言うと、“安心する”とは心配がなくなることや、その状態が続くという意味が含まれています。
 自分自身の悩みや困りごとを語る際には、それが相手に理解されるか、受けとってもらえるか、といった“心配ごと”が生まれます。そのため、自分の相談をきちんと聞いてもらえることで心配ごとが消えて、安心するということがカウンセリングではまず基本にあるでしょう。
 加えて、ご相談にいらっしゃる方の中には、自分が悪いのだろうか?親が悪いんじゃないのか?上司のせいではないか?どこに相談すればいいのか?自分は発達障害ではないか?などなど、様々な疑問や悩みなどの“心配ごと”を抱えていらっしゃることが多くあります。
 こういった“心配ごと”に対して、「あなたが悪いわけではありません」「それは親の責任です」「上司に責任があります」「発達障害です/ではないです」などの「答え」がカウンセラーから提示されると、この心配事は一時的に解消されて“安心”がもたらされるかもしれません。

 ここでの“安心がもたらす効果”は、端的に言うならば「そのことについて考えなくてよくなる」ということです。つまり、自分が悪いかどうかで悩んでいる人が「あなたは悪くない」と言われることで、悶々とそのことについて考えなくてよくなる、ということです(多く場合が一時的な効果になると思いますが)。

―安心がもたらす弊害―
 しかし、ご相談者様がご自身の個人的な悩みや問題について解決したいと思うときには、この“安心”は弊害となってきます。
 なぜなら安心してしまうと、「考えること」から遠ざかってしまうからです。効果と弊害は表裏一体になっています。

 よくカウンセラーに対する批判の1つとして、「質問しても答えてくれない」ということが挙げられます。ここには質問に答えることで安易に「安心」を与え、問題について考えなくなってしまうことを回避しようとするカウンセラー側の意図が含まれている場合があるでしょう。同時に、カウンセラーによる「答え」は、一時的な効果しかないことを多くの専門家は知っています。


当オフィスでは「精神分析的心理療法」と「心理カウンセリング」を提供していますが、前者においては、「答え」や「解答」のような一時的な安心感を提供することは基本的にありません。それは精神分析的心理療法が目指す自己理解や改善には弊害となるからです。
一方で心理カウンセリングの場合は「答え」や「解答」のようなもの、つまりは具体的なアドバイスや助言をすることはあります。

 
 少しわかりやすく例を挙げてみたいと思います。
 会社の上司とのトラブルで抑うつ状態になり会社を休みがちになってしまった方がカウンセリングにいらっしゃいました。精神科にいくほどなのかわからない、こんなことで会社を休んで自分はダメ人間だと思ってしまう、抑うつ気分が強く今後どうしていいかわからない、といったご相談です。
 抑うつ状態が高まったときには正常な判断が出来なくなったり、睡眠がとれなくて十分は思考ができなくなったりといったことがあります。まずはご相談を聞きつつ、「方針」「助言」を行うことが多くなります。それはご本人の状態に応じて精神科・心療内科受診の促しや休職の検討や自宅での休み方などの話になるかもしれません。こうした話し合いは「どうしていいかわからない」という不安に一時的な「安心」を与える部分があるでしょう。
 一方で、数週間ないし数か月経って状態が落ち着いてきた際に、「そういえば目上の人間とトラブルになることを繰り返している」、「トラブルになると常に自責的に考えてしまう」といったご本人の性格的な特徴や繰り返されている問題が明らかになってきました。
 このような場合、ご相談者様がそういった繰り返されている問題、自分自身の問題について何らかの変化を求める場合には、精神分析的心理療法をお勧めすることがあります。こうしたより内面的な問題について取り組む場合には、当然わかりやすい「答え」や「解答」のようなものは存在しません。自分自身の「わからない」部分に向き合っていく作業になるからです。
 ただし、精神分析的心理療法の中では、これまで誰にも語ることのなかった自分自身について語ったり、感じたり、知ったりという体験が起こり得ます。その体験自体が安心感をもたらすということは十分ありえます。それは「答え」のような安心感とはまた異なるものだと思います。
 

 カウンセリングの中での「安心」について書いてみました。やはり「体験」について書く、ということは難しいですね。
 少しでもご相談を検討されている方のお役に立つ内容になっていれば幸いです。

2021年01月08日